“写真映えスポット”の裏側で泣いた話
「インスタで見て、ずっと行きたかった場所なんです」
そう話した私の目は、正直キラキラしていたと思います。
SNSで何度も目にしたあの絶景、あのアングル。
でもその“写真映えスポット”の裏側で──
私は、現実の重みに静かに泣いてしまいました。
行き先は“映えの聖地”、バリ島・ランプヤン寺院
旅の舞台はインドネシア・バリ島。
目的地は、“天空の門”で知られるランプヤン寺院。
「鏡張りに見える石畳の門に立つ自分」
「背景にはアグン山、空に広がる雲」
SNSで見て以来、私の中でずっと憧れの場所だったのです。
旅の工程もばっちり。現地ガイドも予約済み。
意気揚々と、朝6時に出発しました。
到着したら、そこにあったのは「2時間待ちの列」
早朝8時。まだ人が少ないかと思いきや、
ランプヤン寺院にはすでに長蛇の列。
スタッフが順番に整理券を配っており、
「撮影までおおよそ2時間」とのこと。
「まぁ、あれだけ有名なら仕方ないよね」と思いながら、
整理券を握りしめて石の階段を登り、順番を待ちます。
でもそのうち、なんだか周囲の空気が変だと気づき始めました。
幻想的な“鏡張り”の正体、それはスマホの下にある…
前の順番のカップルの撮影シーンを何気なく見ていると、
スタッフがなにかスマホの下に小さな黒い板のようなものを当てています。
パシャッ。
出来上がった写真を見せてもらい、ようやく気づきました。
スマホのカメラ下に差し込んだ「ガラス板」で作っている
つまり、“自然の水面”でも“池に反射している”でもなく、
撮影テクニックによる“演出”だったのです。
──正直、驚きました。いや、ちょっとショックでした。
順番が来て、笑ってポーズを取ったけれど
ようやく自分の順番。
現地スタッフが笑顔で「サイドに立って」「ジャンプして」と指示をくれます。
出来上がった写真は、確かに素敵でした。
でも、撮影が終わって門の横に戻ったとき、
私はどうしようもなく虚しい気持ちになっていました。
そう思ったら、目の奥がじわっと熱くなりました。
なぜ涙が出たのか。私が抱えていた“期待”と“現実”
泣いた理由を、帰国してから改めて考えました。
- 「本物の自然の美しさ」を信じていた
- 写真に憧れて、自分も“特別な瞬間”を得られると思っていた
- そこに“裏側”があるとは、想像していなかった
でも実際には、演出と順番と時間制に管理された「映えスポット」。
それがいけないわけではありません。
でも、自分の理想と現実のギャップに、涙が出てしまったのです。
「それでもいいじゃん」と言ってくれた友人
後日、帰国してから友人にその話をしたとき、
彼女は笑いながらこう言いました。
キレイな写真が撮れて、気づきがあったなら、それも旅だよ」
ああ、たしかに。
あの場所に立てたこと、そこまでの道のり、そして失望も含めて、
全部が“私だけの旅”だったんだ。
まとめ|“映え”の裏にあるもの、それを見つめる旅もいい
- SNSで見た風景には“演出”があるかもしれない
- それでも、そこに行って感じたことは「本物」
- 旅とは、期待を上回ることも、裏切られることも含めて尊い
映える写真のために旅するのも、悪くない。
でも、そこに自分の感情や価値観を乗せられたら、旅はもっと深くなる。
次は、どんな景色に涙するんだろう。


